カウンセリングで自分と向き合うのがつらい

こんにちは。

ご訪問いただきありがとうございます。

昨日、月に1回通っているカウンセリングへ行ってきました。

午前中にカウンセリングを終えた後、涙がとまらなくてたいへんなことになったのでそのことをブログにしました。

夏子はまた人生に迷走しているなあ、ぐらいの軽い気持ちでお読みいただけたらと思います。

カウンセリング後に号泣(号泣はひさしぶり)

その日のカウンセリングは、やはり憂鬱であることは間違いなかったのですが、以前よりはましに終えることができました。

以前は、カウンセリングの最中でも泣いていたので、それに比べたら進歩です。

※以前のカウンセリングの様子は[カウンセリングで信頼関係をきずけるか]という記事をよろしければご覧になってください。

ただ、帰りの車の中ですでに涙がでてきました。

家に帰ったら号泣。

午後からは、長男の高校の個別懇談会がひかえていました。

これは、わたしのメンタルが崩壊してしまったので、夫に行ってもらいました。

原因は?

原因を考えても仕方がないのですが、考えてみました。

たぶん、今後の不安。

仕事ができなくなってしまったプロセスを思い出してしまい、二度と同じことを経験したくないという恐怖がなだれのようにおそってきました。

また、夫と子供ふたりを支えつつ、自分の健康を管理できるのだろうかという不安も重なってきました。

そのダブルの攻撃で、涙が止まらなくなってしまいました。

立ち直るために①

同じような病気(うつ病などのメンタル疾患)のかたとつながりたくて、SNSをしています。

ツイッターとインスタグラムをはじめて3か月がたちました。

びっくりしたのですが、みなさんのコメントがすごくやさしいのです!

わたしが依然持っていた偏ったイメージは、ブロックする、炎上するなど怖そうなものでしたが、今のところ傷つくような経験はないです。

最近気分が滅入っているときは、ツイッターのタイムラインをひたすら眺めているのですが、たまにふきだすような面白いものと出会ったり、有益な情報も混ざっているのでOKです。

切り替えたくてパソコンをひらいたら、こんな詩に出会いました。

「こころが くだけた」直後だったので、染み入ってきました。

くだけても これはわたしの こころ」というところが、好きです。

また今日から、ひろいあつめる作業を一歩一歩していこうと思います。

立ち直るために②

メンタルがたとえ一時的にボロボロになっても、なんとか立ち直らないといけません。

とりあえず、気分転換のために母に電話したところ、

「努力しても病気が早く良くなるわけではないから、どの神様でもよいから神にゆだねてしまえばよい」という趣旨のことを言われました。

わたしには宗教がないのですけれど、どの神様でもよいとは乱暴な‥。

でも日本には八百万神(やおろずのかみ)がいるので、かまどの神とかそんなのでも良いのでしょうか。

立ち直るために③

こんなときこそ、今勉強しているアドラー心理学を参考にしてみました。

自分の人生を線でとらえず、点でとらえる方法です。

いまを全力で生きてみる、いま自分でできることを精一杯する。

そうすれば、原因であげたような過去に対する後悔と将来に対する不安でメンタルをぼろぼろにすることもなく、余計な消耗を防げるわけです。

わたしが今することは、きちっと療養して病気を治すこと。

アドラー心理学で頭を整理しようと誓ったばかりなのですが、また空中分解してしまいました。

最後に

一歩前進、二歩下がる的なカメペースですすむ毎日ですが、焦点をなるべく今にあてていこうと思います。

なにかできる日があれば、これからもブログに書けたらと思いますのでよろしくお願いします。

ありがとうございました。またお会いしましょう!

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